雪おんなバリエーション

 毎日けっこう寒い東京ですが、雪は降りませぬ。

 かわうそ兄弟の唯一の叔父上は、かわうそにもかかわらず「山猫あとりゑ」に棲まいしていて、そのあとりゑは青梅の二俣尾にあります。村上春樹の 「1Q84」に、いったいどこにあるどんな山奥?みたいに描写されているけれど、1984年当時は知らねども、今はけっこう家が建て混んでいたりします。 というのは脱線で、その青梅には雪おんなの伝説がありますけれども、というのが本来の前ふりです。

 雪おんなのあらすじは、ある吹雪の晩、老人と青年が雪山で遭難しかかった折、雪おんながやって来て、ふたりの命を獲ろうとしますが、おじいさんは絶命す るも、美しき青年は雪おんなに惚れられて、「この出来事を絶対に口外しない。口外したらそのときは命はない」という約束をさせられ、一命を取りとめます。 しばらくして、青年のもとに美しい女性が現れて、ふたりは所帯を持ち、子どもにも恵まれ、幸せな暮らしが続くのですが、ある雪の夜、青年はあの吹雪の晩の 出来事を妻に話してしまいます。「おまえによく似た美しいおんなだったから思い出して・・・」と添えて。雪おんなはふたりのあいだに子どもがあることを理 由に、青年の命は獲らず、ひとり、雪山に帰っていくのでした。

 さて、雪おんなはどうして、ひとり雪山に帰っていかなくてはならなかったのか? だって、そもそも青年に惚れてしまったわけだし、所帯も持って子どもも 生まれて、命をとる、とらないの約束だって切りだしたのは自分なんだから、破られても知らんぷりしちゃえば幸せは途切れながらも続くのです、ってことでは なかろうかと思ったのですよ。

 しばらく考え、物語には物語の掟があるゆえ、雪おんなも、たとえ自分の持ち出した約束でも、物語の掟にとりこまれ、従わねばならない運命にあったのだ、 と気づいたのでした。だって、雪おんなが「よくも言ったなあ」と、正体をばらし、かつ、その正体を見た人が生き残らない限り、このお話自体が生まれないわ けで、だけど、雪おんなも、ほんとうは知らないふりして、いつまでも家族一緒に暮らしていたかったかもしれないと思うと、なんだかとても気の毒です。さら に、その物語の掟に正直に従って、泣く泣く雪山に帰っていった雪おんなは、もしかするとこの雪おんなひとりだけで、じぶんの誓わせた約束が破られても、臨 機応変に知らないふりして、けっこう幸せに下界で暮らし続けている雪おんな達もあちこちにおるのかもしれません。

 いずれにせよ、雪おんなの生んだ子どもはその後もちゃんと成長して、雪おんな遺伝子は、いまもみゃくみゃくと受け継がれているのでしょうか。ねえ。