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野口さんの染め仕事<高尾山>/訂正

 節分は季節の分かれめ。暦のうえでは春のはじまり。日もずいぶん延びてとくに夕方に早春の気配を感じる時期ですが、寒さはまだまだ厳しい! うす曇りの2月8日、節分の日に糊置きした生地を染める作業に行ってまいりました。

 野口さんにお仕事のことをあれこれおうかがいするうちに、先の記事の中で数字等、間違って書いていた部分があることがわかりましたので、ここで訂正します。

 「長板は、それぞれ巾40センチ、長さが14メートルぐらい。ちょうど、反物が一反、広げられるサイズです。」と書きましたが、長さは6.5メートルの 間違いでした。ちょうど、反物の半分の長さを一度に広げられるサイズ。まず半分、糊置きをして、それが乾いた後巻きとって、さらに半分を糊置きするのだそ うです。

 「寝かされていると言っても地べたに寝かされているわけではなく、地面から50センチくらいの高さでしょうか。その高さにはたいせつな意味があって、反 物をその上に広げて型を置いていくとき、13メートルある反物ものの端から端までいっぺんに、職人さんがじぶんの目の高さで見渡すことができ、狂いがない かを確認できる高さなのです。」の部分への加筆補正。

野口さんの染め仕事<高尾山>

 2011年節分。よく晴れてあたたかな一日でした。今年はじめての染めの作業をするため、現場まで出向きました。八王子の秋川街道沿いに面した野口染物店。かわうそのプロフィールでも紹介していますのでくりかえしになりますが、江戸時代から続く紺屋(こうや)さんです。

 現在の親方は六代目の野口汎(ひろし)さん。30代半ばの息子さんが跡を継ぐために現在修行に励まれています。かわうそは毎回、藍布をつくりあげるとき、このお二人に力を貸していただいています。

 さて2月3日。今日の作業は糊置きです。渋紙に彫った型と白布を持って糊小屋へ。糊小屋は間口が三間程度、奥行きが20メートル程度の土間づくりの建物 です。入口は摺りガラスの入った引き戸が数枚。その戸をガラッと開けて中へ入ると、手前から奥へと、13メートル強の長さの長板が寝かされています。長板 の巾は40センチ。ちょうど、反物が一反、広げられるサイズです。寝かされていると言っても地べたに寝かされているわけではなく、地面から50センチくら いの高さでしょうか。その高さにはたいせつな意味があって、反物をその上に広げて型を置いていくとき、13メートルある反物ものの端から端までいっぺん に、職人さんがじぶんの目の高さで見渡すことができ、型置きの狂いがないかを確認できる高さなのです。

雪おんなバリエーション

 毎日けっこう寒い東京ですが、雪は降りませぬ。

 かわうそ兄弟の唯一の叔父上は、かわうそにもかかわらず「山猫あとりゑ」に棲まいしていて、そのあとりゑは青梅の二俣尾にあります。村上春樹の 「1Q84」に、いったいどこにあるどんな山奥?みたいに描写されているけれど、1984年当時は知らねども、今はけっこう家が建て混んでいたりします。 というのは脱線で、その青梅には雪おんなの伝説がありますけれども、というのが本来の前ふりです。

 雪おんなのあらすじは、ある吹雪の晩、老人と青年が雪山で遭難しかかった折、雪おんながやって来て、ふたりの命を獲ろうとしますが、おじいさんは絶命す るも、美しき青年は雪おんなに惚れられて、「この出来事を絶対に口外しない。口外したらそのときは命はない」という約束をさせられ、一命を取りとめます。 しばらくして、青年のもとに美しい女性が現れて、ふたりは所帯を持ち、子どもにも恵まれ、幸せな暮らしが続くのですが、ある雪の夜、青年はあの吹雪の晩の 出来事を妻に話してしまいます。「おまえによく似た美しいおんなだったから思い出して・・・」と添えて。雪おんなはふたりのあいだに子どもがあることを理 由に、青年の命は獲らず、ひとり、雪山に帰っていくのでした。

カワウソ暮らし

カワウソに取り憑かれるとどうなるか?

「魚が魚籠に一杯捕れるまで、そばでぼうっと水を眺めさせられるだけです。連れが欲しいんでしょう。けれど、人間様は、そんなことに時間を費やしていては、生活というものが成りたちません。」(『家守綺譚』 梨木香歩)

カワウソはもう日本にはいないかもしれないので

カワウソに取り憑かれる日本人ももういないのかもしれません。

カワウソに取り憑かれたらたいへんだ、と、思いこんでいるうちに、

カワウソはいなくなっちゃって、

カワウソじゃないものに、

取り憑かれているのかもしれない。

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